痛みの分類
痛みを機序で分ける三分類とその神経生物学
痛みの機序ベース分類(mechanism-based classification)は、IASPが侵害受容性・神経障害性・痛覚変調性(nociplastic)の三つを公式用語として整備したことで臨床的標準となった。これらは相互排他的ではなく重複しうるが、主要機序を推定することは治療選択と運動処方の方向づけに直結する。本稿は各機序の神経基盤と鑑別の論理を解説する。
この記事の要点
- 侵害受容性疼痛は健常な侵害受容系が組織損傷・炎症に正常応答する痛みで、損傷部位と痛みの局在がよく対応する。
- 神経障害性疼痛は体性感覚神経系の損傷・疾患により生じ、神経支配領域に一致した感覚異常(アロディニア、痛覚過敏、しびれ)を伴う。
- 痛覚変調性疼痛はIASPが2017年に正式採用した用語で、明らかな侵害受容入力や神経損傷なしに侵害受容処理の変化により生じる痛みを指す。
- 臨床では混合性疼痛(mixed pain)が一般的であり、慢性腰痛や変形性関節症は侵害受容性と痛覚変調性の要素が併存しうる。
侵害受容性疼痛の機序
侵害受容性疼痛は、健常な侵害受容系が実際または切迫した組織損傷に正常に応答する痛みである。機械的・熱的・化学的侵害刺激がTRPV1やASICなどの侵害受容器チャネルを活性化し、A-delta・C線維を介して脊髄後角に伝達される。炎症局所ではプロスタグランジン、ブラジキニン、サイトカインが侵害受容器を感作し痛覚過敏を生む。
臨床的には痛みの局在が病変部位とよく一致し、機械的負荷との明瞭な関連を示すことが多い。打撲、捻挫、変形性関節症の関節痛、炎症性関節炎などが典型例である。
神経障害性疼痛の機序
神経障害性疼痛は体性感覚神経系そのものの損傷または疾患に起因する。末梢神経損傷後には損傷軸索の異所性発火、ナトリウムチャネル(Nav1.7など)の発現変化、脱髄部でのエファプス伝達、後根神経節の興奮性亢進が生じ、これらが痛みの自発発生と増幅をもたらす。
鑑別を支える臨床的特徴
神経障害性疼痛では神経解剖学的に妥当な分布を持つ感覚異常が特徴で、診断にはこの分布の一致と神経損傷・疾患の証拠が求められる。スクリーニング尺度(DN4やpainDETECTなど)が補助的に用いられる。
- 電撃様・灼熱感・刺すような痛みの言語表現
- 神経支配領域に沿った症状分布
- アロディニア(非侵害刺激での痛み)と痛覚過敏の併存
- 坐骨神経痛、帯状疱疹後神経痛、糖尿病性多発神経障害が代表例
痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)
痛覚変調性疼痛は、組織損傷による侵害受容器活性化の証拠も、体性感覚神経系の損傷・疾患の証拠も明らかでないにもかかわらず、侵害受容の変調(altered nociception)によって生じる痛みである。IASPが2017年に第三のディスクリプタとして正式採用した。
背景には中枢感作、下行性抑制の減弱、条件付け疼痛調節(CPM)の障害、時間的加重(temporal summation)の亢進といった中枢処理の変化が想定される。線維筋痛症、過敏性腸症候群、慢性一次性腰痛、慢性緊張型頭痛などがこの機序の関与する代表的病態とされる。
混合性疼痛と分類の重なり
実臨床では単一機序で説明できる痛みはむしろ少数で、混合性疼痛が一般的である。例えば慢性腰痛では椎間関節や椎間板由来の侵害受容性要素、神経根症による神経障害性要素、中枢感作による痛覚変調性要素が併存しうる。機序分類は確定診断ではなく、優位な機序を推定し介入の重心を定めるための臨床推論の枠組みである。
エビデンスの現在地
確実性は中程度から強い。侵害受容性と神経障害性の二分は長く確立しており、神経障害性疼痛の診断グレーディング(possible/probable/definite)もIASPの神経障害性疼痛特別部会により標準化されている。痛覚変調性疼痛は概念として国際的合意を得たものの、診断基準は2021年に提案された臨床基準が運用段階にあり、確定的な客観指標は未確立で、その点の確実性は相対的に限定的である。
論点と限界
第一に、痛覚変調性疼痛は除外診断的性格が強く、検査の限界による侵害受容性・神経障害性病変の見落としを排除しきれない。第二に、三分類はカテゴリ的に語られるが実態は連続的・重複的であり、過度な二分思考は混合性病態の見落としを招く。第三に、機序の同定がそのまま治療反応を予測するわけではなく、機序ベース治療の優越性についてはなお検証途上である。
現場・臨床応用
運動支援者にとって機序分類は診断行為ではなく、関わりの方向づけの枠組みである。侵害受容性が優位なら機械的負荷管理と漸進的負荷が中心になり、神経障害性が疑われれば神経の易刺激性に配慮した低刺激の運動と医療連携が、痛覚変調性が疑われれば段階的活動と痛み教育を軸に中枢の脅威評価を下げる関わりが優先される。確定的な分類は医療職に委ね、観察された性質を共有することが安全である。
医療免責
本記事は教育目的の学習コンテンツです。診断・治療行為を代替するものではありません。痛み・しびれ・急性外傷・発熱・進行性の症状や、医師から運動制限を受けている場合は、自己判断で進めず医師・国家資格者にご相談ください。
主要な参考文献・ガイドライン
本記事は、以下の学会ガイドライン・ポジションステートメント・標準的な専門書などの公開情報に基づいて整理しています。具体的な数値や適用は原典・最新版をご確認ください。
- IASP 痛みの用語(Terminology)および nociplastic pain の定義(2017)
- IASP 神経障害性疼痛 診断グレーディングシステム
- McMahon ら Wall and Melzack’s Textbook of Pain(標準教科書)
- ICD-11(WHO) 慢性疼痛 分類
よくある質問
しびれや電撃様の痛みはどの機序ですか
神経支配領域に一致した電撃様・灼熱感・しびれは神経障害性疼痛で典型的です。ただし確定には神経損傷・疾患の証拠と分布の一致が必要で、自己判断せず医療機関での評価につなげます。
痛覚変調性疼痛とはどのような痛みですか
組織損傷や神経損傷の明らかな証拠がないのに、中枢の侵害受容処理が変化して生じる痛みです。中枢感作や下行性抑制の減弱が背景とされ、線維筋痛症などが代表例です。IASPが2017年に正式採用した概念です。
一人の人に複数の機序が混在しますか
混在します。混合性疼痛は臨床的にはむしろ一般的で、慢性腰痛では侵害受容性・神経障害性・痛覚変調性の要素が併存しうります。単一機序に決めつけず複数の視点で捉えることが重要です。
運動指導で機序分類をどう使いますか
診断ではなく方向づけの枠組みとして使います。優位な機序の推定に応じて負荷管理や刺激量、教育の重心を調整し、確定的判断は医療職に委ねて連携することが基本です。
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