整形外科学 Ch.2:上肢のスポーツ傷害(肩・肘・手首)

肩関節複合体の解剖図
図:肩関節複合体と周囲組織(Wikimedia Commons / Public Domain)

上肢のスポーツ傷害は、投球・ラケット・体操・水泳など反復的な頭上動作を行うアスリートに多発する。トレーナーが特殊整形外科テストを正確に実施・解釈し、医療機関への適切なリファーを判断できることが傷害管理の要である。本章では肩峰下インピンジメント・腱板断裂・肘UCL損傷・手根管症候群を大学院レベルで解説する。

1. 肩峰下インピンジメント症候群(Subacromial Impingement Syndrome)

1-1. 解剖学的背景と病態分類

肩峰下腔(正常7〜14 mm)が狭小化し、腱板(特に棘上筋腱)・肩峰下滑液包が繰り返し圧迫・摩擦を受ける状態。Neer(1972)の古典的分類とBigliani(1986)の肩峰形態分類は現在も診断の基本として活用される。

分類 内容 臨床的意義
Neer Stage I 浮腫・出血(可逆的) 保存療法で回復可能。25歳以下に多い
Neer Stage II 腱板の線維化・肥厚 保存療法6〜12か月。難治例に手術
Neer Stage III 腱板部分〜完全断裂 手術適応を検討。40歳以上に多い
Bigliani TypeⅠ 肩峰:平坦型 インピンジリスク低
Bigliani TypeⅡ 肩峰:湾曲型 中程度リスク
Bigliani TypeⅢ 肩峰:鉤型(hook) インピンジ・腱板断裂リスク最高

1-2. 特殊整形外科テスト

テスト名 方法 陽性所見 感度 特異度
Neer Sign 前腕内旋位で肩を他動屈曲 肩峰下痛の再現 72% 60%
Hawkins-Kennedy 肩90°屈曲・肘90°屈曲で内旋強制 肩峰下痛の再現 79% 59%
Empty Can(Jobe) 外転90°・水平内転30°・内旋位で下方抵抗 疼痛または脱力 69% 66%
Full Can 外転90°・水平内転30°・外旋位で下方抵抗 疼痛または脱力 高感度(棘上筋断裂) Empty Canより特異度高
Drop Arm Test 外転90°から自動保持を求める 保持不能・疼痛 35% 88%(断裂の特異度高)
🏋️ トレーナー実践メモ:インピンジメントは「腱板筋力低下による上腕骨頭の上方変位」が根本原因であることが多い。肩峰下腔を拡げるためにYTWL エクササイズ・セラバンド外旋・肩甲骨後傾ストレングスが優先介入。モビリティ拡張(特に内旋制限のGHIR改善)も同時に実施(Burkhart et al., 2003)。

2. 腱板断裂(Rotator Cuff Tears)

2-1. 疫学・分類

腱板断裂の有病率は50歳代で約25%、60歳代で約50%、80歳代では約80%に達する(Yamamoto et al., 2010)。無症候性断裂が多く、存在だけで手術適応とはならない。

分類基準 種類 手術適応
深度 部分断裂(<50%腱厚) 保存療法が優先
完全断裂(全層断裂) 活動的成人・急性外傷は手術検討
サイズ(Cofield, 1982) 小(<1cm) 通常保存
中(1〜3cm) 症状・患者活動度による
大・巨大(3〜5cm・>5cm) 手術が強く推奨

2-2. 保存療法の科学的根拠

Kuhn et al.(2013)の大規模 RCT では、完全断裂であっても12週間の監督下理学療法により約75%が「手術不要」と判定された。保存療法の核心は、残存腱板・三角筋・肩甲帯の力カップル(Force Couple)の最適化にある。

3. 肘内側側副靭帯損傷(UCL Injury)

3-1. 解剖と受傷機序

UCL(尺側側副靭帯)は前束・後束・横束からなり、前束の前斜走線維が外反ストレスに最も重要(Regan et al., 1991)。野球投手では毎投球64 Nm 以上の外反トルクが発生し、UCL の引張強度(34 Nm、Dillman et al., 1993)を超える負荷が繰り返しかかる。

テスト名 方法 陽性所見 感度/特異度
Valgus Stress Test 肘25〜30°屈曲位で外反ストレス 内側痛・不安定感 感度65%(通常)
Moving Valgus Stress Test 外反ストレス下で屈伸繰り返し 120〜70°の「シェア角」で疼痛 感度100%・特異度75%(O’Driscoll, 2005)
Milking Maneuver 屈曲90°で対側手で母指を引っ張り外反 内側痛 スクリーニングに有用

3-2. トミー・ジョン手術(UCL再建術)

Jobe(1974)が初めて施行。長掌筋腱・短趾屈筋腱・大腿筋膜を移植腱として使用。競技復帰率は約83%、投手での復帰期間は平均12〜15か月(Erickson et al., 2014)。

⚠️ 投手管理の注意点:MLB の調査では、UCL 再建術後の選手は術前と同等以上のパフォーマンスを発揮することが多い反面、再断裂率も16〜25%存在する(Dines et al., 2016)。投球数制限・定期的な可動域・UCL 負荷の評価が予防の鍵。ユース投手(U-18)では年間2,500〜3,000球を超えないことが推奨される(Fleisig et al., 2011)。

4. 手根管症候群(Carpal Tunnel Syndrome)

4-1. 解剖・病態

手根管は手根骨(背側)と屈筋支帯(手掌側)に囲まれたトンネルで、正中神経+9本の屈筋腱が通る。内圧上昇(正常 2〜10 mmHg → 症候性 30 mmHg 以上)により正中神経が絞扼される(Gelberman et al., 1981)。

テスト名 方法 陽性所見 感度 特異度
Phalen Test 手首最大掌屈位を60秒保持 正中神経領域のしびれ・疼痛 68% 73%
Tinel Sign 手根管上を軽く叩打 正中神経領域の放散痛・しびれ 50% 77%
Durkan(圧迫)Test 手根管部を30秒直接圧迫 正中神経領域の症状再現 87% 90%(最高精度)
Hand Diagram 患者に症状部位を図示させる 正中神経分布と一致 96%(Katz, 1990) 診断補助として有用

4-2. 電気診断と治療戦略

神経伝導速度(NCS)が診断のゴールドスタンダード。末梢運動神経潜時 > 4.5 ms、感覚神経伝導速度 < 40 m/s が診断基準(AAEM, 2002)。

  • 軽症:ナイトスプリント(中間位固定)・腱グライディングエクササイズ・ワークステーション改善
  • 中等症:コルチコステロイド注射(3〜6か月有効率 80%)
  • 重症・保存不応:手根管開放術(Open/内視鏡)。術後 神経回復に6〜12か月
🏋️ トレーナー実践メモ:手首を繰り返し掌屈・背屈するスポーツ(体操・サイクリング・テニス)では手根管内圧の管理が重要。セッション前後の腱グライディング(フック・テーブルトップ・ストレート・ナックル・フィスト)5ポジション×10回反復が予防として推奨される(Rozmaryn et al., 1998)。

理解度チェッククイズ(5問)

Q1. Hawkins-Kennedy テストの実施方法として正しいものはどれか?

✅ 正解:肩関節90°屈曲・肘関節90°屈曲位で内旋を強制し、肩峰下痛が再現されれば陽性

解説:Hawkins-Kennedy テストは棘上筋腱を肩峰下腔に押し込む動作で陽性を確認するインピンジメントテストの代表。感度79%・特異度59%で、単独での確定診断には限界があるため Neer Sign・Empty Can と組み合わせて判断する(Hegedus et al., 2008)。

Q2. Bigliani のType III(鉤型)肩峰が臨床的に問題とされる理由はどれか?

✅ 正解:棘上筋腱・肩峰下滑液包への機械的衝突が最も起こりやすい形態であり、腱板断裂リスクが最高となるため

解説:Bigliani(1986)の分類で TypeⅢ(鉤型)は肩峰前方が下方に突出した形態。頭上動作時に棘上筋腱が鉤状の肩峰に繰り返し接触し、腱板損傷・断裂のリスクが TypeⅠ・Ⅱ に比べ有意に高い。

Q3. Moving Valgus Stress Test(O’Driscoll, 2005)で陽性と判定される肘屈曲角度の範囲はどれか?

✅ 正解:120°〜70°(シェア角:Shear Angle)での内側痛

解説:外反ストレスをかけながら肘を屈伸する動作のうち、120〜70°の範囲(シェア角)で内側痛が再現されれば UCL 損傷陽性。感度100%・特異度75%と通常の外反ストレステストより高精度(O’Driscoll et al., 2005)。

Q4. 手根管症候群の診断テストのうち、感度・特異度ともに最も高いとされるテストはどれか?

✅ 正解:Durkan 圧迫テスト(感度87%・特異度90%)

解説:Durkan テストは手根管部を30秒間直接圧迫し、正中神経領域の症状が再現されれば陽性。Phalen(感度68%・特異度73%)やTinel(感度50%・特異度77%)と比べて感度・特異度の両面で優れる。ただし電気診断(NCS)がゴールドスタンダードであることに変わりはない。

Q5. 腱板断裂に対する保存療法の根拠として、Kuhn et al.(2013)のRCTが示した成果はどれか?

✅ 正解:完全断裂症例の約75%が12週間の監督下理学療法で「手術不要」と判定された

解説:断裂の画像所見のみで手術を決定するのは不適切であり、症状・患者の活動度・保存療法の反応を総合的に評価する必要がある。残存腱板・三角筋・肩甲帯筋の協調性回復を目指した理学療法が、多くの症例で十分な機能回復をもたらす(Kuhn et al., 2013)。

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